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2000.06.14 |
情報空間における「拠り所」の重要性
最近いくつかの研究室やデザインファームにおいて、記録しておいた各ユーザの過去の行動からそのユーザの指向を推測し、ダイナミックに情報構造を生成するといった、コンテクスト型の新しいウェブシステムが作られているようである。 そう聞くと、ネットワーク自体がインテリジェンスを持ったような、非常に便利で洗練されたサービスであるかのように思うだろう。確かに、そういった機能を実現するテクノロジーは洗練された優秀なものなのであろうが、はたしてそういったシステムが本当に便利なのだろうか?また、そういったインテリジェンスは、我々のメンタルモデルとどれぐらい同期してくれるのだろうか?
いくつかの決まった要素をもとに、あらかじめ複数の選択肢の中からユーザのニーズに一番近いと思われるものを選び出す方法は、ある意味インテリジェントであるが、実際には不便なものが多いようだ。 なぜなら、人というものは気まぐれで、同じ選択肢に対していつも同じ解答を出すとは限らないからである。また、従来ユーザの側が行っていた選択行為をシステムが行うということに対して、「このシステムいったいどういった基準で選択しているのか」という疑問がつきまとうようになる。そしてそのシステムのアルゴリズムを想像しつづけるといった大きなストレスを、ユーザは抱えなければならない。
Macintosh Human Interface Guidelines の中の「ヒューマンインターフェイスの原則」のセクションには、「知覚的安定性」として、複雑で流動的なコンピュータの操作に直面するユーザに対し、常に固定された視覚的コンセプトの理解を与えることによって、ユーザは安心して GUI の世界に入っていけるのだと書かれている。ユーザにとって違和感のない操作体系を演出するための原則はこの他にもいくつかあるが、この「知覚的安定」の重要性は、ウェブインターフェイスにとっても特に関係が深いと思われる。機能やスケールを把握しきれないコンピュータの操作体系やウェブサイトにとっては、ユーザが迷った時にいつでも帰ることのできる「拠り所」が必要なのだ。
これまでのウェブ開発におけるユーザテストによって、次のようなことが分かった。
ユーザがどこかのページからある分岐点にたどりつき、そこでひとつのリンクを選択し、行った先のページを読み終えて再び分岐点に戻った場合、ユーザはそもそもどこからその分岐点にやって来たのかを覚えていない。これは、ユーザの経験軸から生成されるコンテクスト依存ナビゲーションにとっては大きな問題である。
しばしばユーザは、自分が何を見つけようとしていたのかを忘れ、自分の居場所を把握する作業にも挫折し、「ホーム」というボタンを必死に探すのだ。
そもそもウェブユーザの多くは、自分のコンテクストをほとんど意識していないか、あるいはまったく持っていないようである。 ユーザのコンテクストに沿って自由にドキュメント間を行き来させるというハイパーテキス卜の方法論は、あらかじめ持っている自分の論理を裏付けるような作業の場合(例えば、論文作成時に自分の論理を裏付ける都合のいい引用説を探すような場合)には非常に役に立つが、一般的なウェブユーザはどちらかというと、はっきりとした目的や欲求を持たずに、漠然と、しかし素直に知識を求める読者なのである。
Yahoo などの機能型サイトでは、意味もなくホームに戻りたくなることが比較的少ないようだ。これは、情報アーキテクチャがきちんとできているということもあるが、それに加えて、こういったサイトに訪れるユーザは自分の探しているものやその具体的な方法についての提案(コンテクスト)を持っていること、そして少ないアクションの内に別のサイト(他のコンテクス卜)に移動してしまうことなどがその理由であると考えられる。 つまり、機能型ではない一般的なドキュメン卜集合型サイトでは、ユーザコンテクストのリセット(ホームに戻ること)を簡単にし、その動作を混乱させる恐れのある他の似たような機能やビジュアル上のアフォーダンスを極力減らすことが重要なのである。
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