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2000.08.30 |
デザイナーというものはいつも、混沌とした事物の断片を整理して、どこまで最終的に求められる方向性を保ったままそれらを秩序立てることができるのかという挑戦を強いられている。そのために、最終目的に合わせたひとつの法則を作り出し、細かな選択(この部分は青にするのかそれとも赤にするのかといったこと)を行う上での判断基準にするのである。しかしひとつのデザインに求められるのはひとつの機能だけではない。論理的に考えれば機能衝突を起こすような要望があるのが普通であり、また、デザインにはそれを解決するだけの力があるのだ。
例えば、上級者にとっての使い勝手を向上させるために新たなインターフェイス要素を導入することが決まったとする。これは既存のデザイン言語に合わせてきちんと設計された機能であり、デザイナーはそれをどうやって定着した画面要素に加えようかと悩むことになる。そして一貫性を保ったままそれをうまく実装できたとしても、基本的な考え方からすれば、要素が増えるということによってユーザの行動は複雑化し、エラーが増えるのを避けることは難しい。このように、ユーザにとって必要な何かが別のユーザにとっての何かをスポイルするということは全く普通に起こることなのであり、それらが互いに伴い合えるような関係、つまりバランスを作り出すことこそが、デザインなのである。
その意味で全てのデザインは妥協の産物であるが、バランスのよいデザインはそれぞれの要素が持つ欠点をカバーし合って、全体の調和をもって最終的なユーザビリティを向上させることができるのである。この仕掛けを論理的に解明するのは難しい。我々は以下のような例からそのパワーを知るだけである。
Bruce Tognazzini 氏は「クロスプラットフォームの現実」の中で以下のように書いている。
Macintosh では、「OK - キャンセル」「はい - いいえ - キャンセル」などのボタン列において、デフォルトボタンを一番右に配置している。
ダイアログなどでシステムからの問いかけに答える時の話である。正確に言えば、Mac においてデフォルトボタン(推奨される選択肢の意味で太い線で囲まれており、Return キーまたは Enter キーで代用できる)はいつも一番右にあるのではない。「OK」に代表されるような“ダイアログの内容を肯定する”ためのボタンが一番右に来るのである。大抵はユーザの使い勝手を考えてそれがデフォルトボタンになっているが、ユーザのミスによって重大なデータロスが生じる可能性のある場合、例えばディスクフォーマットソフトでユーザが「ディスクの初期化」を実行しようとした場合には、より安全な「キャンセル」がデフォルトボタンとなり、その右に「OK(あるいは同意の文言)」が配置されるべきである。

Windows においてはこれらのボタンは大抵 Macintosh とは逆の順序で配置されており、「OK(はい)」などのデフォルトボタンは「キャンセル(いいえ)」など他のボタンの左側に配置されているのである。

Tog 氏はこれを、欧米における情報の進む方向になぞらえて、Mac のやり方がよりユーザのメンタルモデルと一致していると説明しているが、それはデフォルトボタンを“次に進むためのボタン”としてとらえた場合の話である。Windows のインターフェイスデザインに関する考え方では恐らく、デフォルトボタンは“最も目立つボタン”としてとらえられているのである。
デザイナーであれば意識しないほどの基礎的な考え方であるが、欧米の言語使用者にとっては、情報は上から下に、左から右に流れていく。つまり、本の紙面やコンピュータのスクリーンに向かうユーザの目は、左上から右下に向かって移動するのである。そのためエディトリアルデザインでは、基本的に、最も重要な要素(タイトルなど)が自然に左上に配置されることになる。(ポスターなどの全体でひとつの印象を与えるメディアにおいては、中央部分が最も注目されるポイントである。)
この考え方で言うと、Macintosh の Finder では、ユーザが扱う情報スペースは、アップルメニュー(左上)から始まり、ゴミ箱(右下)で終わるように設計されている。その対角線上をちょうど逆に向かう方向にポインタの矢印は向いている。流れる情報を正面から捉えることができるように。
一方 Windows のデスクトップでは、マイコンピュータ(左上)から時計(右下)? という具合だ。各デバイスへの入り口であるマイコンピュータを左上に配置したのは(単に Mac の逆にしたという話もあるが)、Mac の Finder で起動ボリュームのアイコンが右上にあるのよりも論理的である。だが始点が良くても終点が無ければバランスはとれない。この「論理的だがバランスが悪い」やり方が、Windows におけるダイアログウインドウのボタン配置にもあらわれている。
情報は左から右に向かって流れる。1 → 2 → 3 というように。最も重要なのは「1」である。重要だから最初に目に触れなければならない。最初に目に触れるから重要だとも言えるだろう。そこで Windows では、最も重要で目立たなければいけない「OK」のボタンをまず左側に配置し、その右側におまけのように「キャンセル」を配置しているのだ。
ここで Windows はとんでもない間違いを犯している。「OK」ボタンは確かに重要である。それがユーザのやろうとしていることを実行するための選択肢だからだ。しかし、本当にそれが最初に目に触れる必要があるのだろうか? 何のためにダイアログウインドウがあるのかをもう一度考えてみてほしい。例えばユーザがゴミ箱を空にしようとするとダイアログがあらわれ、「これらの項目を消去してもよろしいですか?」と尋ねてくる。ユーザはそのメッセージを読み、もう一度自分の意志あるいはコンピュータが行おうとしている処理内容を確認して、最終的な判断を下すのである。つまり「OK」ボタンは最終的な判断の結果を反映させるためのものなのであり、ユーザがすべての判断材料(キャンセルという選択肢も含む)を吟味してから「最後に」目にするべき選択肢なのである。もし「OK」ボタンが最初に目についてしまったら、せっかちなユーザは「キャンセル」という選択肢に気づかないままそれを押してしまうかもしれない。そうすればダイアログの存在自体が全く無意味になってしまう。

Macintosh や Windows のようなアプリケーション環境であれば、まだ問題は少ないかも知れない。開発者はインターフェイスの見え方を十分に細部までデザインできるし、ユーザもそのプラットフォームにおける慣習を理解していることが多いためである。けれどもウェブのような、一貫したガイドラインもなく、数え切れない程のブラウザ環境のために見え方を正確に管理することがほとんど不可能なメディアの場合、これはより深刻な問題を引き起こす可能性があるのだ。
例えば、ブラウザで利用できるウェブベースのEメールサービスがあったとする。あなたは今そのサービスを使い、書き上がったメールを送信しようとしている。ボタンの配置は、Windows の方式に従っている。

ここでもし、あなたが小さなディスプレイを使っていたり、あるいはあなたがいくつものウインドウを並べて作業するのが好きだったりして、ブラウザ内の要素が全て表示しきれていなかったとしよう。するとこの用に見えるかもしれない。

この場合あなたは「せっかちなユーザ」と同じで、「キャンセル」という GUI の根幹をなす機能を失っている。(実際には、ブラウザでは「戻る」ボタンが「キャンセル」や「取り消し」の役割を果たすことができる。)それでもあなたが望む行動は「送信」であるから、それほどの不都合は起きていない。では、あなたのちょっとした操作ミスで、いつの間にか以下のような画面が表示されていた場合はどうであろうか?そしてあなたが「せっかちなユーザ」であったら?

あなたは騙されないと言うかもしれない。だがそれはあなたがダイアログの慣習に親しんだ上級者だからかもしれないし、だいいちアプリケーションやサービスを利用する時にいつも騙されないよう警戒していなければならないとしたら、あなたはそんなものを使い続けるだろうか?
ひとつひとつの要素をできるだけ根拠ある法則にしたがって処理したいというのはデザイナーの性である。しかしユーザの行動とそこから生み出される利益を最終的な目的にした法則でなければ、インターフェイス全体のバランスをとることはできない。このように「OK」ボタンの配置には、インターフェイスデザインを考える上での何か大きなヒントが隠されているのだ。
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