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Column
2000.09.02

ウェブにはミニマルデザインを

Jakob Nielsen 博士は「ウェブ・ユーザビリティ」の中で次のようなことを書いている。これまであらゆる GUI アプリケーションのインターフェイス設計に関する指針とされてきた「Macintosh Human Interface Guidelines」の内容は、ウェブのデザインには適用できないことが多く、全く逆のアプローチをすることでウェブの問題の多くが解決するだろう、と。

この意見は Mac のインターフェイスを信望しウェブに GUI のパワーをもたらそうとするデザイナーを当惑させる。

現在のコンピュータの使われ方は1980年代のそれからは大きく変化しており、ユーザはネットワークに繋がれ、高解像度のフルカラーグラフィックによって構成されるデスクトップとコンテンツをいくつも同時に操作しながら、膨大なファイルを検索・管理しなければならない。

Apple 自身も現在の Mac OS のインターフェイスがその変化に対応しきれていないことを認識しており、絶対的なシステムの安定性と共に、カーネルからヒューマンインターフェイスまでを一新する“Mac OS X”を開発している。

つまりどういうことか? Lisa および Macintosh のデスクトップメタファーは、固定された空間概念の上で扱われる情報と機能を「アイコン」「メニュー」といった目に見える、そして直接触ることのできるオブジェクトとしてユーザに解放した。デスクトップの上では、光源の方向やアイコンの色相、ボタンやウインドウの細かな部品ひとつひとつの実装方法までが一貫性をもってデザインされており、ユーザはデジタルデータの操作方法について強引なメンタルモデルを形成するまでもなく、本当にその手でファイルを触ったり移動したり開いたりしているような感覚を得るようになった。

熟練したユーザにとってデスクトップメタファーはもはや机のメタファーではなく、現実に存在する Macintosh という「実体」になる。

ワンボタンのマウスは、「掴む」「持ち上げる」「放す」という人間の手の最も基本的な動作を絶妙にシミュレートし、それに対してスクリーン上のオブジェクトが期待通りのフィードバックを提供する。

思い通りに動いてくれるポインタと統一された操作性は、アプリケーション間のシームレスな連係作業を可能にし、モードレスで信頼できる、自分の身体のような感覚を与えてくれる。

Macintosh の操作に熟達したグラフィックデザイナーが彼らの Mac を思い通りに操るのを見たことがあるだろうか? 彼らは縦横無尽にファイルを操り、伝統工芸の職人が手になじんだ道具を扱うように、操作対象と道具が無駄のない生産課程を織りなしているのだ。

一方キーボードからの操作は Windows の方が得意とする部分である。また複数ボタンのマウスはひとつの操作対象について少ないアクションでより多くの操作を提供する。これは上級者にとっては便利な操作手順のバイパスとなるわけだが、コンピュータ内部の動きについてのより詳しいメンタルモデルの形成が必要とされる。

何かが違うのだ。Windows では情報空間における一貫した物理法則を感じることができない。アプリケーションとファイル、ファイルとデスクトップ、デスクトップと OS の関係は目に見える状態になく、ユーザが各タスクの結果として操作方法を覚えていかざるを得ない。さらに、GUI にとらわれない UNIX などのコンピュータでは、その根本的な操作理念として如何に少ないコマンドで多くの処理をさせるかという一括処理のテクニックが重要になってくる。そしてそれを可能にするということがコンピュータのパワーの意味なのだと主張する。Windows のインターフェイスにもそういった理念を感じるのは、やはり DOS という CUI をベースとしているからだろう。だがこういった目に見えない効率化を行うためには頭の中でコンピュータの仕組みに関係するアルゴリズムの組立作業が必要であり、より概念的な思考に時間を割かなければならなくなる。

たとえ高度な一括処理が短期的にユーザの生産性を上げたとしても、複雑なメンタルモデル形成に伴うストレスは膨大である。

タスク遂行におけるユーザの満足度は、その環境における直接操作感に深く関係している。ユーザが自分の意志で思い通りに仕事を進めていると感じることができれば、満足感は高まり、その仕事を楽しむことができるのである。

長期的に見れば、一般の人々にとっては「楽しさ」や「ストレスの少なさ」の方が重要だろう。同じ理由から、一般の人々にとっては CPU のスピードもそのコンピュータの生産性とはあまり関係がない。もちろん速い方がより強い直接操作感を得られるのでよいのだが。

ウェブと Windows との類似点

ウェブは、以下の点で Maicntosh よりも Windows の操作感に似ている。

こういったことから、Nielsen 博士の言うことは正しいのかもしれない。操作の対象とコマンドを全て目に見えるオブジェクトとして表現するという Macintosh インターフェイスの方法論は、個人の把握能力を遙かに超えたウェブの情報規模には適さない。ユーザには必要なものだけを見せ、そこにすばやくたどり着かせるために、ファイル階層をひとつひとつ掘っていかせるのではなく検索機能に代表されるバイパス効果を強化する必要があるのだ。

そのためにウェブ開発者は、情報空間に対するシンプルな表現を提供し、ナビゲーションや検索機能のユーザビリティを向上し、ユーザが操作プロセスについての簡潔なメンタルモデルを形成しやすくなるように努力しなければならない。するとウェブインターフェイスに最低限必要な役割が抽出されてくる。

ウェブインターフェイスの役割

では、ウェブインターフェイスが持っていなければならない役割とはどのようなものだろうか?GUI 的な効果を期待し過ぎれば、「へこまないボタン」などの中途半端なフィードバックによって余計なストレスを発生させてしまう。逆にナビゲーションなどのインターフェイス要素を一切無くしてしまえば、現在のブラウザではユーザは必要な情報にたどり着くことができない。そこでこの二極のバランスをとるために、以下のような役割が必要とされる。

こう考えると、ホームから入ってくるユーザや他サイトから来るユーザ、サイトの提供者など、それぞれのコンテクストにどれだけ対応できるかということが大きな課題と言えるだろう。様々なコンテクストにさらされる中で、できるだけ矛盾する要素を排除し、かつ、必要な機能を必要な時に提供するという非常にミニマルなデザインが要求されるのだ。インターフェイスが複雑であれば、人類史上最高に複雑な情報空間を自由に操ることなどできるはずがない。

こういったウェブインターフェイスに必要な条件をクリアし、うまくデザインに落とし込むことができたとしても、実際には、それだけでユーザの潜在的な期待に応えことにはならない。ユーザの中にはすでによくあるウェブのデザイン(大抵は出来が悪い)がそのままウェブというものに対するメンタルモデルとなってしまっている場合があるのだ。そしてそれ以前に、ユーザが期待するのはコンテンツという名の刺激であり、我々が考えなければいけないのは、その刺激をどれだけスポイルせずに届けることができるのかということなのである。コンテンツがダイレクトに届けば、ユーザはインターフェイスの存在に気づかないかもしれない。それこそが、コンピュータのパワーなのだと私は思う。


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